とおわから

2015.03.4

山で塩をつくるって?海と山をつなぐ「川」で生きる森澤さんのインタビュー

2702sake_blog

こんにちは、石田です。
かおり米せんべいも発売となったことですし、今回は山塩について。
四万十を代表する調味料として、あらゆるところで使われている山塩

片道40分ほどかけて海水を汲みに行き、四万十町大正の山に建てられたハウスの中で、じっくり時間をかけて塩を作る森澤さんへのインタビューをまとめてみました。
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Q. 塩づくりを始めた動機は?

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本物の塩の味に感動して。
それが一番最初の動機。
それが、天日塩やったわけよ。
そんで、仕事を辞めて、黒潮町で塩作りに参加して。
それから、四万十に戻ってきて。

今ハウスがあるところは、もとは5枚ぐらいの田んぼやって。
集落道が整備されるときに、細長い一枚の田んぼにしてもろうて。
その時に、「ここで塩作れへんかなぁ」と思うたんよ。
ほいで、海水は海から持ってきて。

実際、構想通りにはなかなかできんかったんやけど、海で作るのが普通の中で、割と注目度高いし、その点でいうたら楽やったなぁって。
それともうひとつ、塩は腐らんいうことなんよ。
逆に熟成するみたいな感じで。
やっていくうちに、塩ってすごく生活全般に人間とは切っては切れないものというようなががよくわかってきて、塩作りいうのんも、奥も深いし面白いなと思いゆう。

Q. 海で作ることが普通の中で、四万十の山で塩を作ることはどのように考えていますか?

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四万十の塩の位置づけを考えてて、やっぱり四万十は、海もあり山もあり川もある。
これはすごいことなんよね。
ほいで、海が命の元やとしたら、山はそれを育む、いうたら母体になるとこ。
やから、山の栄養が川を伝うて、海に行って、それがまた元へ帰るというような考えのなかで、塩があったらええなぁと思うて。

海と山は川でつながってるんやから、山が汚れれば海も汚れて、山が死ねば海も死ぬ。
海が汚れんように山の人は気を遣うべきやし、山が活性化するように海の人はやっぱり山の状態をちゃんと知るべきやろうていうのが、川に住んどって言えるかなというのんが。
四万十川いうのは日本最後の清流と言われちゅうけんど、昔よりこればぁ汚れたら、やっぱり根本的な問題は何かを考えんにゃいかんと思う。

Q. 森澤さんが今後していきたいことがあれば、教えてください。

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ここで生きていく人たちが育ってほしいね。
ここで仕事を作ったり、身の丈におうた仕事でみんなが活性化できるように塩も役立てて欲しいし、ま、それはライフワークにしていきたいなと。

四万十を守るっていうのは、川や山や海だけじゃなくって、人もやっぱり大事にできるような状態。
それと、人間と人間の繋がりをより自然に。
お金じゃないところでの動きがここはできるかなぁという感じがあって。
例えば、物々交換や、お仕事交換みたいな。
ちゃんと主張もしつつ、そういう関係が上手くいったらえいねっていうのもある。

Q. 塩作りやそういった考えを実現するための森澤さんの糧ってありますか?

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僕出身は神戸で、学生時代にね、四万十川沿いの道をいっちばん先に通った時には、信号機もない、川と道だけがあるみたいな感じで、時々集落がぽこぽこっとあって、すごく印象に残った道やって。
「あぁ、ここってすごいとこやな」って思ったわけ。
俺が一番最初に言うた、塩作りを始めた理由が美味しいから言うたのとおんなしみたいな。
ここが「うわぁ、ええやんかぁ」いう感じかな。原動力いうのは。
それとたまたま合うて塩やりゆうんやけんど、なんでもよかったんかもわからんね。

終わりに

あらためてお話を聞くと、「山で塩をつくる」という行為は森澤さんの人生観に基づいているんだと、しみじみ感じさせられます。
「俺はこういう生き方やけど、お前はどやねん?」と問われているような感覚です。

森澤さん、どうもありがとうございました!

それでは、今日はこのへんで。

いしだ

いしだ

 

〒786-0535 高知県高岡郡四万十町十和川口62-9電話 0880-28-5421 FAX 0880-28-4875

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